コラム

FFPWコラムvol.1「確定版?『みどりの食料システム戦略』」

新しく設けたこのコーナーでは、わたしたちの暮らしや家族農林漁業に関わるニュース・話題について取り上げて行きたいと思います。

一番先に取り上げたかったのは、農林水産省が取りまとめを急いでいた「みどりの食料システム戦略」です。5月12日、予想以上に早く「確定版」が発表されてしまいましたが、「みどりの食料システム戦略 ~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」とは、いったい何なのでしょうか。

3月25日に中間とりまとめが発表された時、ニュースで取り上げられた農業戦略は、2050年までに、下記のような目標を達成するということでした。

  • 有機農業を全体の農地の25%(100万ヘクタール)に拡大する
  • 化学農薬の使用量(リスク換算)を50%減らす
  • 輸入原料や化石燃料を原料とした、化学肥料の使用量を30%減らす

一見すばらしい内容にも見えます。本当にそうなのでしょうか。

【検討から完成まで】

農業関係者にはご存知の方が多いかもしれませんが、この「みどりの食料システム戦略」は検討開始から半年でスピード策定されました。

農林水産省のサイトによれば、「みどりの食料システム戦略」(仮称)検討チームが立ち上がったのは2000年11月18日。その後たった1か月(2回の検討会)で素案がまとまり、12月21日には戦略本部が発足しました。

2021年1月から4月にかけて、戦略本部は生産者、関係団体、事業者ら関係者との意見交換会を行い、3月25日に中間とりまとめを発表、その後の3月30日から4月12日まで、ウェブサイト告知のパブリックコメント募集期間を経て、5月12日に確定版の「みどりの食料システム戦略」が発表されました。

農林水産省 「みどりの食料システム戦略」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/team1.html

「みどりの食料システム戦略」の内容は、上記の農林水産省のサイトからダウンロードして誰でも読むことができる、85ページに渡る長大な文書となっています。

しかし同時に、この戦略の中間とりまとめの内容に対する懸念や疑問を表した記事がWeb上で見られます(本ページの下部に一部のリンクを掲載していますので、よろしければ参照してみてください)。

なぜなら、『わずか2週間という通常の半分のパブリックコメントに17000ものコメントが寄せられた』そうですが、『それはどう反映されたのか? 本日、確定されたとする資料から見ると、中間とりまとめから最終報告へは、何がどう変わったか、一言で言えば、なんと、「国民の理解」が付け加えられただけ。』なのです(『』は印鑰智哉氏のFacebook投稿より引用)。

5月11日
 農水省「みどりの食料システム戦略本部」を明日開催とのこと(1)。16時30分から45分だけのたった15分間。大臣がご発言され、さまざまな報告があるのに15分。参加できるのは報道関係者だけ。
 トップダウンで11月から異常な早さで2050年までの計画を作るっていうだけで普通じゃない。しかもヒアリング団体は恣意的で、有機農業を大幅に増やすといいながら、日本で著名な有機農業関係者はほとんどヒアリングもされていない。有機推進どころか、実質、「ゲノム編集」、スマート農業、RNA農薬など企業による食のシステム推進戦略なのに、有機農業を看板に使って「みどりの戦略」であるかのようなグリーンウォッシュで装いをごまかしている。 

印鑰智哉(いんやく・ともや)氏のFacebook投稿より

確かに、5月12日発表の確定版文書では、5ページの中ほどに「(3)国民理解の促進」という項目が新たに付け加えられており、「関係者や国民の理解が得られるように、情報発信や関係者との意見交換を通じて不断の取組を続けて行く」、と書かれています。

これは関係者との意見交換会やパブリックコメントに寄せられた17000通の意見には、中間とりまとめの内容に賛同しない意見が少なくなかったことを示しています(ページ最下部に「パブリックコメント集計結果」掲載)。

家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン(FFPJ)では、4月12日に村上真平代表名でパブリックコメントの取りまとめを提出されており、下記のサイトから提出した内容を読むことができます。

農水省「みどりの食料システム戦略」へのパブリックコメント(FFPJ)
https://www.ffpj.org/blog/20210412

【どうなる? 何が問題?】

しかし、大きな懸念もある。有機農業の中身が違うものになってしまわないかということである。実は、代替農薬の主役は害虫の遺伝子の働きを止めてしまうRNA農薬というもので、化学農薬に代わる次世代農薬として、すでにバイオ企業で開発が進んでいる。化学農薬でないからといって、遺伝子操作の一種であるRNA農薬が有機栽培に認められることになったら、有機栽培の本質が損なわれる。
さらには、有機栽培面積の目標を100万haと掲げる一方、予期せぬ遺伝子損傷などで世界的に懸念が高まっているゲノム編集について、無批判的に推進の方向を打ち出している点は大きく矛盾する。ゲノム編集も有機栽培に認めるつもりなのだろうかと疑われてしまう。

鈴木宣弘東京大学教授のコラム「有機栽培面積100万haの衝撃~期待と懸念」より

今回の戦略でネオニコチノイド系農薬を代替させるという表現が、この戦略の資料の中でなされたが、これはたぶん、初めてではないか。ネオニコ問題を気にしていた人はそれを見て、涙したとも聞く。
でも、いつまでにそれをやるのかというとなんと2040年までなのだ。あと20年もネオニコチノイド系農薬使い続けるの? ハチがいなくなってしまうじゃない。というか、今すでにネオニコチノイド系農薬、多くの国が規制・禁止していて、日本だけが規制緩和しているのだけど、それをあと20年も続けるなんてありうるの、という話だ。

印鑰智哉(いんやく・ともや)氏のFacebook投稿より

そして有機農業の大幅拡大は目玉のはずだが、2030年までの有機農業の拡大はわずか1.575%というほとんどゼロ回答というのがこの前のパブリックコメント段階の計画だった。それが大幅に変わることは期待できるのか? どちらもゼロになる気がしてならない。

印鑰智哉(いんやく・ともや)氏のFacebook投稿より

「みどりの食料システム戦略」のキーワードは、スマート農林水産業、業務用機械の電化・水素化、資材のグリ-ン化、です。

スマート農業の推進(一部抜粋)
ドローンによるピンポイント農薬・肥料散布の普及、ドローン散布可能な農薬登録の拡大、病虫害の画像診断システム、RNA農薬の開発(注1)、ドローンやAIを活用した土壌メンテナンスシステムの開発、生育・病害虫管理技術の確立、自律型除草ロボットの開発、水田からのメタン排出を抑制する低メタン稲品種の開発、Co吸収能の高いスーパー植物の研究開発など気候変動に適した種苗の開発(注2)、など

(注1)RNA農薬
RNA農薬は、遺伝子の二本鎖RNAを害虫種に投与し、RNAを誘導することで、内在遺伝子の機能を阻害し、害虫の駆除を目指すもの。

(注2)ゲノム編集技術を用いた新品種開発
ゲノム編集とは生物が持つDNAの持つ遺伝情報の、特定の塩基配列(DNA配列)を「狙って変化させる」技術


農業だけでなく、畜産、林業、漁業もスマート化や効率化の工程が示されています。

畜産  低メタン生産牛の探索、次世代飼料作物の創出、など
    多機能で省力型の革新的ワクチン開発
林業  早生樹や成長に優れたエリートツリーの開発、林業機械の電動化、遠隔伐採できる機械の開発、
    ドローンによる苗木運搬、など
漁業  漁船の電化・水素化、操業情報や漁場環境情報を電子的に収集する体制の構築
    養殖魚種の人口種苗生産技術の開発、魚粉代替原料を用いた飼料の開発、など


そして、消費者に対する持続可能な消費の拡大や「食育の推進」という目標もあるのです。

食育の推進
個人の健康状態と食品の含有成分のビッグデータを解析し、個人のヘルスデータ(遺伝子、マイクロバイオーム、メタボローム、習慣等)に合わせて何を食べたらいいかを提案する技術や食品の開発、など

そしてこれらのイノベーションを実現するために「官民共同のグローバルな研究体制を整備」(15ページ6-⑤)、「未来技術への投資拡大」(15ページ6-④)とありますから、これらの研究開発に多大な税金を投入することになるでしょう。「知的財産の戦略的活用」(15ページ6-⑥)では「研究開発の企画段階から事業化を見据えた知財戦略の策定と実行」とありますから、開発したものは企業がしっかり“もと”を取ることになるでしょう。

また、2020年12月に成立した種苗法との関連で気がかりなものとして(15ページ6-⑦)に「品種開発力の強化」という項目があります。

品種開発力の強化
・公設試験などの研究機関の総力を結集した新たな育種システムの構築
・在来品種を含む国内外の植物遺伝資源の収集・保存・活用の推進


これは、農家にとっては種苗の高騰、消費者にとっては農産物の価格上昇、ゲノム食品が食卓により多く入り込む懸念などがあり、「みどりの食料システム戦略」がこれからどういう具体的な動きになって行くのか、継続して見て行きたいと思います。

【ウェブ上の関連記事(ごく一部です)】

● 30年後の農業ビジョン「みどりの食料システム戦略」とは? 有機農業やスマート技術が肝に(マイナビ農業ニュース 2021年04月20日)
https://agri.mynavi.jp/2021_04_17_154896/

● 「みどりの食料システム戦略」は期待できるか 【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】(JAcom 2021年2月4日)
https://www.jacom.or.jp/column/2021/02/210204-49274.php

● 有機栽培面積100万haの衝撃~期待と懸念 【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】(JAcom 2021年3月18日)
https://www.jacom.or.jp/column/2021/03/210318-50131.php

● 農水省がEUを〝真似た〟戦略案を作る理由(科学ジャーナリスト 松永和紀)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22700

● 農地の25%を有機に、農薬を半減する「みどりの戦略」。専門家の指摘する問題点とは?(グリーンピース・ジャパン 2021-04-09)
https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2021/04/09/51180/

● 印鑰智哉(いんやく・ともや)氏のFacebookページ
https://www.facebook.com/InyakuTomoya

【パブリックコメント集計結果】

3月30日〜4月12日まで行われた「みどりの食料システム戦略」に対するパブリックコメントには17,265件ものコメントが寄せられました。中でも圧倒的な意見が集まったのが「ゲノム編集・遺伝子組み換え」の問題で、16,555件もあります。

■『結果概要』に掲載の集計項目と寄せられた意見数■掲載ページ
みどりの食料システム戦略全般に関する御意見(68件)P1
食料自給率に関する御意見(15件)P1
食の安全、食育に関する御意見(17件)P2
ゲノム編集・遺伝子組換えに関する御意見(16,555件)P2
農薬・肥料に関する御意見(161件)P3
食品産業に関する御意見(46件)P4
循環資源・再生可能エネルギーに関する御意見(23件)P5
農業生産に関するご意見(60件)P5
有機農業に関するご意見(365件)P6
畜産業に関するご意見(16件)P6-P7
農業経営に関するご意見(41件)P8
農村振興に関する御意見(11件)P8
研究開発に関する御意見(29件)P9
森林・林業に関する御意見(8件)P9
持続可能性に関する御意見(16件)P10
温暖化対策に関する御意見(17件)P10
生物多様性に関する御意見(4件)P11
その他の御意見P11

● 「みどりの食料システム戦略」中間取りまとめについての意見・情報の募集の結果について
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCM1040&id=550003303&Mode=1&fbclid=IwAR17_y1_h1F9yaWOEym8MyvAWaqxmbMbgqzNFISd9HRGtQrlanRU3vK4nzc

●「みどりの食料システム戦略」中間取りまとめについての意見募集の結果概要
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000218713&fbclid=IwAR027elIcj_aBBjSJ8p70MZpc01SG7lkxHK1WGRFGZ8Fzo8H1uJupkFjw5Q