興味深い書籍を和歌山県立図書館で発見しました。『現代アメリカの有機農業とその将来―ニューイングランドの小規模農場』<コノー・J・フィッツモーリス/ブライアン・J・ガロー著 ©2016 (筑波書房)日本語版2018年5月刊>です。
序文では現代のアメリカ合衆国における有機農業の現状が語られています。第1部では、アメリカにおける有機農業の定義の成立から発展、どのようにして現状に至ったかが書かれています。現状とは、①工業的有機という大規模農業による生産形態が有機農産物生産の大部分を占めるに至ったこと、②大手加工食品業者が有機ブランドを買収し、スーパーマーケットでの販売を進めたこと、です。
有機農業による農産物といえども「農薬や化学肥料を使わない」だけで、慣行農業と同じように工業的(機械化、大規模化、単一品目的)に生産するのが当たり前となりました。なぜなら、規模が大きくならなければ市場の競争に生き残れないからです。
また1990年代後半から「有機食品は儲かる」ことに目を付けた企業による有機食品中小加工業者の買収が進みました。ネスレ、ハインツ、コカコーラ、ペプシ、クラフト、ケロッグ等の有名企業が有機食品の販売に乗り出しました。それによって、全米の多くの街のスーパーマーケットで有機食品が購入できるようになりました。有機食品は身近になり、消費者が有機食材を入手する場所はスーパーマーケットが主流になりました。確かに便利になりましたが、問題はないのでしょうか。大規模・工業的有機農業(大規模の畜産も含む)は経済的視点が中心となっていて、機械やエネルギーに依存し、持続可能性や環境への配慮という視点が欠乏しています。
有機農産物は、今では中心街からアメリカ中部に至るまで店舗の棚に置かれているものの、それは有機農業の 全体論的実践が規範になったからではない。それどころか、有機農業は、今では慣行農場で使用されるものと同じ農業技術を数多く用いるとともに、経済的・社 会的持続可能性にはほとんど関心を払わないアダビジネスによって大半が担わ れているのである。(P.64)
第2部では本題に入り、小規模の有機農業はアメリカではどのようにすれば成り立つのかを探っていきます。ニューイングランド地方というアメリカ合衆国の中でも特に小規模農業者が多い地域に目を向け、どのような意識・形態・やりくりによって有機農業を行っているのか、小規模農場が生き残ることは可能なのかをヒアリング調査しています。6エーカー(1エーカーは約4046.9㎡)から最大144エーカーまでの16農園を取材し、一番小さい6エーカーの農園がモデルケースとして紹介されています。
調査時点で有機認証を取得しいていたのは6農園、他は非認証の持続的有機、総合的防除、減農薬と無農薬など独自の取り組みを進めていました。全ての農園が多種の野菜や果樹、養鶏、畜産等を組み合わせた生産形態を取っていました。労働力は家族の他にフルタイムまたはパートタイムの季節労働者、研修生を雇用しています。
モデルケースとされている6エーカーの農園(シーニックビュー農園)では大学出の男性が家族所有の使われていなかった土地に戻って農業経営を始めました。農業を経済的手段ではなくライフスタイルとして選択し、奮闘を続けています。
10年前にジョンが農場に帰ってきたとき、家族はまあ冗談だろうと考えた。(P.118)
シーニックビュー農園のジョンが家族の所有する農場に戻って農業を始めようと思ったのは、そこの風景が美しく、自分が望む暮らしがしたかった、屋外で働きたかったからだといいます。のちに結婚した妻(ケイティ)も賛同しました。
現在の有機農家は慣行農業をやっている農家に比べて、より若い世代であって、教育を受けており、女性である場合が多い。それだけではなく、従来の有機農家より、環境への関心が高く、経済的な利益にはそれほど執着していない。(P.133)
しかし、大規模と小規模の差が著しいアメリカでは、小規模農家の経営は困難を極めます。農外就業を組み合わせることで家計を成り立たせている所も珍しくありません。農業収入だけで中流世帯になるのは容易ではありません。
シーニックビュー農園が雇用している農業労働者は季節労働であるが、経営主は農場でフルタイム働いている。ただし、賃貸業で農外収入がある。所有地内にコテージとゲストハウスがあり、週末の休暇など、いろんな用途に使われている。(P.101)
何千もの小規模農家にとって農業だけで食べていけないということは何を意味するのであろうか。ジョンとケイティにとっては農業システムの中に付加価値 生産を組み入れ、販売用の調理場を作り、追加的収入のためにゲストハウスを貸し出し、耕作総面積を拡大して仕事量を大きく変えようとすることを意味したのである。(P.125)
調査した小規模農場群の農作物の販売形態としては、ほとんどの農場がCSAという会員制組織を持っています。CSAとは会員制組織で、会員は前払いの出資者となり1シーズンにその農場が生産する農産物を受け取る(その量は出来高に左右される)ことになります。CSA会員によって先渡しされる出資金によって農場は作付けを行うことができ、消費者を前もって確保することもできます。それだけで十分な収入が得られるわけではありません。CSAの収入をベースに、地元のレストランへの卸販売やファーマーズマーケット(直売式の市)への出店、自前の販売場所、等を組み合わせる農場が少なくありません。地元消費者への直接販売をおこなうことが地元食材を求める消費者層へのニッチ(すき間)市場を獲得し、小規模農場のサバイバルを助けて来ました。
現代のアメリカ農業について簡単に触れた部分で述べたように、過去10年で小規模農場数はあるていど増加したものの、米国農業はますます二極分化しつつある。比較的少数の大規模農場が市場でのシェアを高め、小規模農家はより小さなシェアへと追いやられる。富める者がますます富む。「面積的に小規模な農家の80%は貧困ラインを下回る農業所得しかなく、59%の農場は年間販売額が1万ドル未満である。」。このような数字はアメリカだけに特有のものではない。世界の多くの工業化した国で、小規模な家族農業経営は農業を続けるために農外収入に大きく依存している。(P.125)
直接販売式を採用すると、買い手を確保したり配送したりに多大な手間がかかります。ファーマーズマーケットへの出店にも人手がいります。値崩れの心配がないCSAは精神的安定をもたらします。その反面、CSA会員を満足させるために多様な品目を作らなければならないプレッシャーもあります。トマトだけを作っていれば高収入が得られるが、より安価な作物も作ってバラエティーを持たせなければならない、などのように。
バラエティーを持たせることで単一作物に頼るリスク(不作、価格の暴落など)を減らすことができます。一方では限られた面積の農地で会員のために年間できるだけ作物を切らさないようにする努力が求められます。このように経営は決してシンプルで楽なものではありません。
有機認証を取得するかどうかに対する考え方も小規模農場ではさまざまです。顧客が安心のために認証を求めると考える農場もあれば、あえて認証は取らないけれども有機認証基準よりも厳しい自らの基準に基づいており、しかも『持続的』であると自負している農場経営者もいます。
認証はファーマーズマーケットでの販売という方法ではできないやり方で、オルタナティブな小規模農家を保護する。多くのファーマーズマーケットでは、「農家」が買って自分のスタンドで販売する卸売商品も売られている。 「生産農家のファーマーズマーケット」でだけ、実際に栽培した人がそれを販売する。ファーマーズマーケットを訪れる多くの消費者がそれを知らない。
(中略)
必ずしもローカルな農家すべてがオルタナティブな農業を行っているわけではないという事実である。いくつかの農家にとって、「有機」は都市消費者を魅惑するために、いわば設計された単なる「ファーマーズ」マーケットという言い回しに過ぎないのである。(P.164)
有機農産物は高いのか、価格の点でも興味深い指摘があります。
有機農産物がファーマーズマーケットで購入され、慣行品がスーパーマーケットで購入された場合、 14種類の野菜と果物の中で、4種類は有機農産物の方が安かった。同じ条件で、1種類は同じ価格だった。有機農産物をファーマーズマーケットとスーパーマーケットで購入した場合を比較すると、13種類でファーマーズマーケットの方が低価格であった。(P.164)
一方で日本とはやや違う事情もあります。
合衆国ではこの10年間にわたって農地価格が倍になり、土地のコストが新規就農者にとってまぎれもなく最大の障壁のひとつになっている。(P.220)
小規模農家には自分が理想とする農法やライフスタイルを追求することと社会や経済が求める条件との葛藤があります。持続可能で身体や自然に優しい農業を続けて行くには個人の努力だけでは厳しいものがあります。
「お金のことを考えないわけにはいかない。別に金持ちになりたいわけではないが、好きなことを継続していくためには、ビジネスとしてやっていくしかない」。ビジネスでやっていくことは、避けられない現実であると同時に、ジョンが自分自身と家族のために考えてきた有機のライフスタイルを生きるための有効な手段でもある。(P.221)
消費者が優良な農産物だけでなく持続可能性を求める(それに必要な対価を払う)ことも必要ではないでしょうか。スーパーマーケットで有機農産物が手に入ることは便利ですが生産者の顔が見えず、どのような方法や労働者たちによって生産されたか、それは持続可能であるのかに関する消費者の意識が高まらない面があります。遠方の安いものが地元の環境に合ったものよりも売れるという事になりかねません。
また著者はCSAだけでは食を仲立ちにした豊かなローカルコミュニティの創出には不十分であると結論づけています。農家も消費者も共に持続可能なコミュニティづくりに参画することはできないのでしょうか。そのような理想の形についても結論で考察されています。
興味のある方はお手に取ってみてください。
【書籍データ】
○書籍名
「現代アメリカの有機農業とその将来 ニューイングランドの小規模農場」
○著者
フィッツモーリス,コノー・J.
ボストン大学(Boston University)社会学科大学院生(Ph.D.候補)
ガロー,ブライアン・J.
Ph.D.(カリフォルニア大学サンタクルズ校)。
ボストン大学(Boston College)社会学科(社会学・国際研究教室)准教授
○監訳
村田 武
2016年北海道大学大学院農学院博士後期課程修了。
九州大学・金沢大学名誉教授。博士(経済学)・博士(農学)
ジュソーム,Jr.,レイモンド・A.
1987年コーネル大学大学院修了。Ph.D.(Development Sociology)。
博士論文題目(Part‐Time Farming in Okayama Japan)。
ミシガン州立大学社会学科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
○出版社: 筑波書房
○発売日: 2018/5/18
○ISBN-10: 4811905377
○ISBN-13: 978-4811905372